日本の女性達の愛人の定義がかなり緩くなって来ている理由とは?

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愛人契約の定義が女性達の間で緩くなっている!

今から20年前以上の日本と現在では、愛人契約の形にかなり差の開きがあるような気がします。

 

愛人の定義が変わって来ている

 

簡単に言えば、今の女の子達の間で行われる「愛人契約」はかなり

割り切りや援助交際に近い感じ

になって来ていると私は感じています。

 

昔は違いました。

 

愛人を囲う男性は基本的に金持ちばかりでした。

 

仕事でそれなりの役職が付いているサラリーマン、中小企業の役員や社長、上場企業の役員、政治家や役人、芸能人や有名人などお金にかなり余裕のある男性がステータスとして愛人を囲う場合が多かった。

 

彼等の中には既婚者も当然のようにいました。中にはその妻も夫の愛人の存在を知っており黙認しているケースもありました。

 

愛人は男としての

社会的な成功のステータス

として扱われていたように感じます。

 

また、昔の愛人契約という言葉にはかなり重みがあったように感じます。それは愛人にした女性の扱いについてです。愛人には生活の全てをサポートする代わりにプライベートな付き合いやセックスを提供してもらう。

 

愛人が妊娠したなんて事になれば、堕胎なんて事はさせずに子供を産ませて、その子供の面倒まで一生に渡り援助する。例え、堕胎させたとしても膨大なお金を渡して愛人の精神的なケアを行う。

 

これが昔ながらの愛人契約だったように感じます。

 

しかし、日本はバブルが弾けてから明らかに景気が悪化しました。

 

その結果、愛人契約という言葉は残っていますが、明らかに質が変化したのです。簡単に言えば、愛人の定義がかなり緩くなった。

 

昔は愛人と言えば毎月まとまった金額を月極めで渡すのが一般的でしたが今は違います。一回セックスする代わりにお金を渡す。ハッキリ言って割り切りや援助交際となんら違いが見当たりません。

 

更に、このような割り切りや援助交際と大差ない出会いの形を女性の方から進んで

愛人契約

と呼ぶようになっている点が個人的には昔とは大きな違いだと感じています。

 

やっている事は援交なのに、彼女達は「愛人を探しています」と出会い系やツーショットダイヤルなどで男を募集する。何だか、このような光景を見ると私は本当に日本という国は経済力が弱くなって、一般的な人々の生活水準が切り下がって来ているように感じてしまいますね。

 

恐らくは、女性達の弱気になっている精神面とプライドが混ざりこのような愛人契約の定義の緩みが起きているのだと私は感じています。

 

昔は、日本にもお金を持っている人が多かった。しかし、今は違います。中流階級と呼ばれる日本人はかなり少なくなり、多くが低所得となっている現状があります。そんな時代において大金を愛人に注ぎ込める訳がありません。

 

その結果、女性達は割り切りや援助交際に手をだしますが、女のプライドとして自分から援助交際や割り切りという言葉を使って男性に囲われたくは無いと考えているのだと感じます。

 


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